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モノローグ

  最初に使ったカメラは、国産のレオタックスであった。この当時は、日本の産業が高度成長に向けて復興していく過程で、欧米の高度技術を模倣することから始まった。レオタックスもこの例にもれず、ライカをお手本としている。

当時小学生だった私は、母親の所有するレオタックスを借りて、映像を記録に収めた。モノクロのフィルムで、仕上がりは、軟調ぎみになった。母親の写真の腕は、なかなかのもので、何度も入選し賞もとり、冊子の表紙を飾ったこともあったと記憶している。

 
         
  模倣からスタートした日本のカメラは、やがて世界をリードする産業へと育っていくが、その転機となった名作に、日本光学工業のNikon Fがある。私は、長く大井三丁目に住み、日本光学発祥の地、本社工場のすぐ傍にいた。まさに地元である。
高校のときに、観光地でフィルムを売るアルバイトをしてやっとのことで買ったのが、アサヒ・ペンタックスである。このカメラは盗難に遭い、大学時代にやっとニコンを手にする。当時は、写真家にあこがれ、ゼンザ・ブロニカ、アサヒの6X7まで手を伸ばした。  
   
   
 

トライX、イルフォード、そしてコダクロームIIをよく使用した。特にコダクロームIIは、私の最も好きなフィルムとなる。しかしこのフイルムが製造中止となったとき、創作意欲は地に落ちんばかりに落胆したものだ。後継のKodacromeは、25も64も私にはその希薄な色が残念でならなかった。

私の愛用したKodachrome II は、1970年代に消え、時代はさらに銀塩カメラからディジカメへと移行してしまった。バックライトのあるコンピューターディスプレイで見る画像は、プリントの写真より、リバーサル的で良い。しかしかつてのコダクロームを知る私にとっては寂しさがよぎる。  

 

3/9/2005
 
         
     
 
   
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