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555+24A+1444実験システム

WE555を24Aホーンで鳴らしてみる話

ウエスタンのシステム

ウエスタン・エレクトリックのシステムを構成する個々のコンポーネントを開発するために費やされているコストと時間は、尋常なものではない。しかも当時世界最高水準のベル研究所のスタッフがこれに従事していた訳だからなおさらである。人材、資金、時間が湯水の如く投入されている。ウエスタン・エレクトリックとベル研究所の音響システムの開発にかける姿は、さながら後年のNASAのプロジェクトに近いものがある。製品のどれ一つとってみても、当時の最高の素材が使用されており、技術は歴史的にも最高の水準にある。もし当時のベル研究所のスタッフが、今日の素材を手にしたら、どのような物が出来上がるのだろうかと想像すると戦慄が走る思いだ。

最高の音響システムを構築する一つの方法は、当時のウエスタン・エレクトリックのシステムを忠実に再現することであろう。理由は、その状態で完全なバランスがとられているからだ。しかしながら、バランスのとりかたには複数の解があるはずで、当時のシステム構築者が取りえなかった別の解があるはずで我々にはこれに挑戦することで、ウエスタンのコンポーネントからシステムとして別の魅力を引き出すことも可能ではないかと思う。ウエスタンのオリジナルのシステムを超えようとか冒涜する意図はもとよりない。もしウェンテが現代に生きていたら、どのようなシステムを開発しようとするだろうと、技術ロマンに心を躍らせる。

555コンプレッション・ドライバーを色々と聴いてみると、その完成度と技術水準の高さを超えたところに、造り手の意図を感じ取ることができるような気がする。このドライバーは、あきらかにホーンと一体で使用することを前提に設計されている。そしてターゲットにしている音は、蓄音機が表現できる生の音楽のプレゼンスである。蓄音機は、機械振動から直接音波を作りだしているので同じ系のなかで音を処理している。これに対し、スピーカーを使用すると機械振動、すなわち機械系から電気系に変換し、これを増幅して機械系に再変換を行っている。一般に、系の変換を行うと、何らかの情報が失われる可能性がある。私は、プレゼンスではないかと直感している。このプレゼンスこそ、生の音の肌触りであり、そこに演奏家がいるという佇まい感であり、さらには再生装置が消え、そして演奏家さえ意識させず、ただ音楽のなかに包まれる世界への到達がある。

ストレート・ホーン

555ドライバーは、ホーンなしの状態でもフル・レンジで実に華麗に音楽を再現する。ボーカルやピアノなどが特に素晴らしい。3Aホーンなどで聴いてみるとその素性のよさに感動する。しかし短いホーンでは低音を補ってやらなければならない。今回はWE594用に開発された24AホーンをWE555に接続してみる。低音は、RCA1444フィールド型15インチ(38センチ)を2発使用して実験システムを組んでみる。この24Aホーンは最終的には594Aドライバー使用するが、このストレート・ホーンに低音をマッチングさせ、15Aの世界に迫れるかを実験してみる。ウエスタンのカール・ホーンは曲げられているが、これは実用性を重視したためであり、研究所の実験では、巨大で長いストレート・ホーンが使用されていたに相違ない。そこでの研究成果をもとに、いかにストレートの状態の音を損なわず、うまく折り曲げ、また巻いて、現実的に使用可能な大きさにする苦心が行われたと推測する。

実験システムの概要

WE555は、基本的にはエッジの共振周波数が低いのでフルレンジのドライバーと考えることができる。そのためなるべくフルレンジに近い動作をさせてやるためにネットワークのカット・オフ周波数を112Hz、6dB/octにとった。24Aホーンのカットオフは200Hz台なので、ウーファーのクロスオーバーを高めにとり聴感上の音響エネルギーをバランスさせる方法をとる。問題は、ドライバーとウーファーの能率の差であるが、音質を劣化させる抵抗成分は意地でも入れない。ドライバーのほうが強ければ、ウーファーをダブルにする。これで3dB差が縮じまる、足りないぶんはホーンロードをかける。ドライバー側にアッテネータを入れたレベル調整はしない。それでも合わせきれない場合は、フィールド電源の制御と出力トランスのインピーダンス・マッチングで調整する。くどいようだが、意地でもドライバーに直列に入るハイパスのキャパシタ一発だけにする。ウーファー側も意地でも巨大空芯コイルのインダクタを一発にする。ネットワークは、プレゼンスを殺してしまうので最低限に押さえたい。

RCA1444ウーファーのマッチング

RCA1444、15インチウーファーは、RCA1443コンプレッション・ドライバーとのコンビネーションで、RCAがウエスタンに挑戦した気合の入ったコンポーネントで、その実力はWEに優るとも劣らない。(残念ながら、ドライバーのほうはWEのほうが役者が一枚半から二枚ほど上手だろうと私は推察する。)しかし594Aコンプレッション・ドライバーに追いつくことのでくる低音用のウーファーはざらにはない。恐らくは18インチ(46センチ)フィールド型のTA4181ウーファーを4発、ホーンロードをかけてちょうどいいくらいだろう。594Aとのコンビネーションは、ディジタル信号処理を使った別のアプローチで考えてみる。今回は、RCA1444をダブルで使用し、部屋の音響特性も考慮してクロスオーバーを507Hz 6dB/Octと高めにとって重ね合わせている。音響エネルギーの調整は、1444のフィールド電源でコントロールする。このフィールド電源は、1本あたり115Vの200mA程度が定格であるが、質のよい乾いた低音を軽々と出すには、定格よりかなり低い電圧のところにあるようだ。よって一本ではWE555にはバランスできないので、二本並列に使用する。各ウーファーには、独立して空芯ネットワーク・インダクタを挿入する。ネットワークに使用したキャパシターとインダクタは、RCAの1444/1443ドライバーの劇場用の専用ネットワークで使用されていたもので、2個ずつのオイルコンと空芯コイルが鉄製の配電盤のようなボックスに収納されており、重量は優に15Kgに達するものだ。下のウーファーの口径が38センチであるから、この24Aホーンというのがたいへんな代物であることがよくわかる。まだこの写真では、低音側にホーン・ロードがかかっていない。

プレゼンスと位相差

このシステムでは、ドライバーと低音用のウーファーの振動版の位置が、約60センチ異なっている。この差は、かなり重要なファクターで、ドライバー側の音が2ミリ秒ほど遅れている。人間の耳の検知限界は、実は1ミリ秒とかなりの精度をもっているので、この差は確実に音の差に反映している。この時間差はアナログの世界では制御できない。今低音と高音をマルチ・チャンネル駆動し、DSP(ディジタル信号処理)を使ってそれぞれの時間軸を制御して、これがプレゼンスに与える影響を調べてみたいと思っている。(ちょっと説明すると、ディジタル信号処理で、遅延回路を利用し、各チャンネルの信号に時間差を設定する。ユニットの振動版の位置を自由に前後に移動させるのと等価のことが行える、意識的に位相差やエコーを作り出したり、キャンセルすることができる。)このためにSH-D1000を購入したのではあるが、DAの出来がこのクラスにマッチするレベルにないので、改造が必要だ。

2004年1月15日から21日までの7日間は、忘れることができない。追い込み途中で、すごい音の世界が出現してしたのである。RCA1444のエージングとフィールド電源の調整がどツボにはまった。調整途中で、まだ音は濁っており、分解能も出ていない、コーラスの分離が悪い。しかし只ひとつ、今までのどこでも体験したことのないプレゼンスが現出したのである。二階で再生しているのだが、我が家は三階建てなのだが、どの部屋で聴いても同じ音量で、音楽が壁を貫通して浸透していくのである。まるでニュートリノのようである。レコードに入っている音と実在の音との識別がつかない。だれかがそこにいるのかと回りを見回すと、実はそれがライブ録音の聴衆の囁き声だったり、物音がしたと思うとそれがレコードに入っていた音であったり、何より凄まじいのは、スピーカーを隣室から聴くと、もうそこにホロヴィッツが、ビル・エバンスが、パハマンが、マルが居て、ピアノを弾いているのである。もう倒錯の世界である。1月19日は、仕事もせずに朝から晩まで聴きとおした。友人にメイルしたら、浜松から飛んできた。当人もたいへんな識者で経験も豊富な音響の専門家だが、絶賛ものだった。すべてのジャンルにわたって、ヴォーカルも弦もすばらしいが、特にピアノは空前絶後であった。空気感が出ている。人の気配があり、そこに佇んでいるのである。

絶望の22日

しかし良いことは続かない。運命の日はやってきた。2004年1月22日夕方、いいかげんな仮組み状態のRCA1444のフィールド電源をまともに作り直したとたん、プレゼンスが消失してしまった。あの音が再現しないのである。はじめのうちは、軽く考えて、また明日やってみようとその日は休んだ。しかしその後まる一ヶ月格闘したのだが、ついにその世界は帰ってこなかった。元のとおりにしても再現しないのである。1444のエージング過程のある状態とフィールド電源、あらゆうる状況が、偶然にバランスしたのだろう。WE555と1444の速さが合った瞬間、15Aホーンの世界にワープしたのだろうか。

私の友人もこのような状態に出遭うことがあり、そのときは、周囲のオーディオ・ファイルを呼び集める。いつ再現するか知れない世界だからだ。オーロラか流星群かはたまた蜃気楼か、科学と芸術と夢幻の世界が精妙に交錯するオーディオの世界の魅力である。
3/22/2004